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クラスのみんなには、ナイショダヨ 魔法少女まどか☆マギカ [後編]

前記事に続き、劇場版魔法少女まどか☆マギカの記事です。

前編を観てから30分間を挟んで後編も観てきました。
正直当日観るまで前後編一気とか疲れるからダルいと思ってたのですが、前編の終わり方とか考えると連続で観るプランにして正解でした。
毎週一話ごと、生殺しのまま待たされながら観るか、そうでなきゃ一気観するのが正しい観方な気がします、この作品の場合。

さて、ゾンビとか死体とか言ってたさやかですが、本当に死体になってしまいました。
なんとか蘇生させたい杏子の質問にキュゥべえは何とも曖昧というか、質問を躱すような答え方。
杏子は自分なりに考えて色々行動することにします。
しかし、杏子とのやり取りとか聞いてると、感情は無くても感情(に基づいた人間の行動)は理解してるよなコイツ、と思ってしまいます。
それは、契約とエントロピー増大のための、効果と効率を求めた、システマティックな行動なのかもしれませんが。
そんなキュゥべえはまどかの下に行って語ります。まどかは語られ役が多いですね。キーとなる人なので仕方ないですが。

翌日、登校中のまどかに杏子がテレパシーで話しかけてきます。
さやか復活のため協力してほしいという願いに快諾するまどか。
道中、中途半端な気持ちで魔法少女になろうか悩むまどかに説教する杏子。
杏子はお姉さんタイプの魅力がありますよね。過去の経験とそれによる現在の言動も好印象です。
強気で打算的なセリフは自分に言い聞かせてるようにも捉えられますし、
さやかへの暴挙も自らの過去の行いと結果が根底にあります。
そういう、強気の裏のアンバランスさやギャップはとても心に訴えかけるものがあります。

かつてさやかだった魔女と対峙する杏子、呼びかけるまどか。しかし、魔女は攻撃の手を休めません。
杏子は戦いながら、短くも奇妙で複雑な付き合いだった、さやかとの記憶を思い出します。
後から来たほむらにまどかを託し、満身創痍の杏子は最後に自らのソウルジェムとともに、魔女を消滅させます。
「一人ぼっちは、寂しいもんな……」の件は涙なしではいられません。
個人的に、魔法少女まどか☆マギカで一番の盛り上がりどころというか、魂の震えるところが、この場面だと思います。
正義のヒーロー、そんな姿を目指すさやかに過去の自分が重なり、杏子は色々な思いを抱いたでしょう。
自らが祈りのせいで酷い経験をしているからこそ、辛く当たったり敵対したりもしましたが、
「昔の自分を思い出させてくれた」と言うまでになります。
そこまで思い入れのあったさやかが、魔法少女の真実を知り絶望してどんどん狂っていく様を見て杏子は何を思ったのでしょうか。
最終的に杏子は魔女化したさやかと心中することになります。
ソウルジェムについての説明を受けた後、杏子は自業自得の人生を送ろうとさやかに提案していました。
生い立ちも考え方も魔法少女になってからの時間も違うさやかは、杏子の考え方には賛同しませんでしたが。
達観(諦観)し割り切っている風な杏子ですが、私は彼女自身ソウルジェムの説明を聞いてから、
もしくはそれより以前から、自覚は無くとも心の奥底で死に場所を求めていたのかもしれないと思ってしまいます。

それはともかく、杏子が死んだことで隠していたさやかの遺体も発見され、その死が公になります。
親友で、なおかつ複雑な状態であった仁美は精神的に参ってしまいます。
この世界では対価とか、願いと代償みたいな事が強調されていますが、仁美に着目すると、
恋人ができた結果親友が死ぬという、何かを得て何かを失う作品の流れに沿っているんですよね。
まあ、魔法少女のそれとは違うんですが、親友と好きな人取り合って仲違いくらいならありそうですし、
こういうテーマの作品で三角関係というのは、さやかへのダメージ以外にも意味があったのかなあ、なんて。
もし魔法少女じゃなかったら、担任のいう青春の甘酸っぱい一ページで終わったでしょうし、
さやかの場合時間がかかるかもしれませんが、絶交ということはなかったでしょうが。

ほむらのループ話、まどかとの出逢い、変わらない絶望の結末は、何度見ても悲しいです。
そして“過去の私”の事をほむらに頼むまどか。そして、もう1つ。
1つ目も願いも、好きな人を手に掛ける2つ目の願いも、なんとも残酷なものだと思います。
ここのやり取りは2回目の泣き所でしょう。
何度繰り返すことになっても、絶対にまどかを助けると決意したほむら、そしてここでコネクトが流れる。
まさか流れるとは思ってなかったからびっくりしました。
コネクトは映像も良いですけど歌詞がね。ここで流すのは反則。

色々あったけど、まどかの祈りで魔法少女→魔女システムを改変することに。
魔女の存在を消し去るのは良いけど、勝手に消えるようにするんじゃなく自らの手で消すようにしたのは、
彼女なりの筋というかワガママなんだろうか。
メタ世界でマミさんや杏子と概念云々の話をしてるシーン、こういうシーンは大好きです。
死んじゃったキャラとの会話、それが夢でも妄想でも成仏前の幽霊でも良いんですが、そういう演出がなぜだか心にグッとくるんですよね。
魔法少女リリカルなのはの、フェイトとアリシアみたいなやつ。
とにもかくにも世界中、過去未来関係なく魔女という存在は消え去り、魔女化した自らも消し去り、新たな世界で円環の理となったまどか。
全てが新しい世界、まどかが存在しなかった世界で、それでもほむらはまどかの事を覚えていた。
まさに、奇跡も、魔法も、あるんだよ。
また、子供には不思議な力があるというのは現実世界でも言われるベタな事だが、弟のタツヤもまどかの事を知っているようだった。
それは、大人になったら薄ぼんやりとしか思い出せないか完全に忘れてしまうのかもしれないが。
そして、さやか。彼女は魔女に殺されたわけでもないのでこの世界でも死んでしまったけど、
彼女は浄化される前に、まどかと話し、上条がもう一度演奏できるようになるのが願いだったことを再確認し、心に折り合いをつけられた。
泣きながら、無駄じゃなかったって言って旅立っていくシーンは3度めの泣き所。

ED1はオーケストラ風コネクト。2番の歌詞でしたね。映像というか、枠とかの演出が良かったです。
あと弓ほむは感動もの。
TV放送の時も思ったけど、浄化時にまどかに会えるとはいえ、ほむらはどれだけの時間を一人で過ごしたんだろうか。
多分マミさんも杏子も、先に逝ってしまったんだろうし。
なんか一番最後の魔獣と戦うときは、まさに地球にほむら一人みたいな感じがするから……。

ED2はひかりふるでした。新編が楽しみです。2013年のいつ頃にやるのだろうか。
まどマギはまあ、基本線は王道の感動ファンタジーな気もするけど、バッドというか悲しい展開も多いし、観ていて辛いことも多かったので、
どうしても、「彼女たちが平凡な魔法少女で、華麗に戦い続ける話が何百話も続けば良いのに」と考えてしまう。
こんなにキャラに思い入れがあるのは、間違いなく悲しい展開や過程の影響だし、
実際に平凡な魔法少女ものなら、ヒットはしたかもしれないが、ここまでの話題作にはならなかっただろう。
それにそんな作品は面白みもないし、本編の後にやったって蛇足でしかない。
それでも、そう思わずにはいられないくらい、どのキャラも魅力的でした。
だから、全員揃って笑って終われるルートが無いのだけは、少し寂しい。
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