スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

双と浜弓場双の違いとは

先日、浜弓場 双(別名:双)先生の漫画、『ハナヤマタ』を買いました。
前作『空色スクエア。』では、男1人女3人の奇妙な四角関係を描いた双先生ですが、
今回は男性色を排した典型的なガール・ミーツ・ガールの作品になりそうです。
ちなみに現在2巻まで出ています。

さて、そんな『ハナヤマタ』がどんな作品かと言うと、
自分に自信の持てない大人しめな主人公が偶然妖精みたいな金髪の綺麗な女の子を見かけ、
そこから物語が動き始めて主人公がだんだん変わっていき、
活発で明るい主人公の友人がその変化に戸惑ってモヤモヤしたり、
おっとりとしたお嬢様タイプの先輩が金髪娘の積極的な態度にドキドキする、そんな作品です。

この作品で特徴的かつ重要なのは、なんといっても“よさこい”です。
名前くらいは聞いたことがあるし、もしかしたら実際に踊ったことがある人も多いのかもしれませんが、
なかなか漫画の題材(特に萌え系の絵柄だと)にされにくいんじゃないかと思います。
ただ、可愛い女の子に着物(風の衣装)というのが凄く映えます。それだけで満足です。
また、“よさこい(鳴子踊り)”は戦後生まれの新しいもので、
かつ今日では創作ダンスの一ジャンルとして広まっているため、
わりと描きやすい・話を作りやすいというのはあるのかもしれません。

盆踊りや祭りを題材にした作品は、
他だと主人公が“お祭り研究会”に所属してるラノベ、『ゴールデンタイム』くらいしか知らないのですが、
探せばわりと出てきそうな気もします。好みの絵柄のものがあるのかは置いといて。

そういえば、今になって気づいたんですが、この作品も金髪っ娘と黒髪っ娘がメインなんですよね。
『異国少女とすみれの花束』『異国迷路のクロワーゼ』『きんいろモザイク』『きものなでしこ』
本棚を見ると似たような絵柄の似たような作品が……。異国迷路のアリスはメインか微妙ですけど。
まあ作品の絶対数としてもこういう作風のものは少なくないんでしょうし、
元気で明るい(もしくはお嬢様な)金髪娘と大人しくて地味な(もしくはお淑やかな)黒髪娘って、
性格的にも画的にも、特に自分好みの線が細目な作品だと、対比させて映えるというのも大きいのでしょう。
互いに憧れあい惹かれ合う可憐な少女たちっていうのは、美しくて良いものですしね。
スポンサーサイト

クラスのみんなには、ナイショダヨ 魔法少女まどか☆マギカ [後編]

前記事に続き、劇場版魔法少女まどか☆マギカの記事です。

前編を観てから30分間を挟んで後編も観てきました。
正直当日観るまで前後編一気とか疲れるからダルいと思ってたのですが、前編の終わり方とか考えると連続で観るプランにして正解でした。
毎週一話ごと、生殺しのまま待たされながら観るか、そうでなきゃ一気観するのが正しい観方な気がします、この作品の場合。

さて、ゾンビとか死体とか言ってたさやかですが、本当に死体になってしまいました。
なんとか蘇生させたい杏子の質問にキュゥべえは何とも曖昧というか、質問を躱すような答え方。
杏子は自分なりに考えて色々行動することにします。
しかし、杏子とのやり取りとか聞いてると、感情は無くても感情(に基づいた人間の行動)は理解してるよなコイツ、と思ってしまいます。
それは、契約とエントロピー増大のための、効果と効率を求めた、システマティックな行動なのかもしれませんが。
そんなキュゥべえはまどかの下に行って語ります。まどかは語られ役が多いですね。キーとなる人なので仕方ないですが。

翌日、登校中のまどかに杏子がテレパシーで話しかけてきます。
さやか復活のため協力してほしいという願いに快諾するまどか。
道中、中途半端な気持ちで魔法少女になろうか悩むまどかに説教する杏子。
杏子はお姉さんタイプの魅力がありますよね。過去の経験とそれによる現在の言動も好印象です。
強気で打算的なセリフは自分に言い聞かせてるようにも捉えられますし、
さやかへの暴挙も自らの過去の行いと結果が根底にあります。
そういう、強気の裏のアンバランスさやギャップはとても心に訴えかけるものがあります。

かつてさやかだった魔女と対峙する杏子、呼びかけるまどか。しかし、魔女は攻撃の手を休めません。
杏子は戦いながら、短くも奇妙で複雑な付き合いだった、さやかとの記憶を思い出します。
後から来たほむらにまどかを託し、満身創痍の杏子は最後に自らのソウルジェムとともに、魔女を消滅させます。
「一人ぼっちは、寂しいもんな……」の件は涙なしではいられません。
個人的に、魔法少女まどか☆マギカで一番の盛り上がりどころというか、魂の震えるところが、この場面だと思います。
正義のヒーロー、そんな姿を目指すさやかに過去の自分が重なり、杏子は色々な思いを抱いたでしょう。
自らが祈りのせいで酷い経験をしているからこそ、辛く当たったり敵対したりもしましたが、
「昔の自分を思い出させてくれた」と言うまでになります。
そこまで思い入れのあったさやかが、魔法少女の真実を知り絶望してどんどん狂っていく様を見て杏子は何を思ったのでしょうか。
最終的に杏子は魔女化したさやかと心中することになります。
ソウルジェムについての説明を受けた後、杏子は自業自得の人生を送ろうとさやかに提案していました。
生い立ちも考え方も魔法少女になってからの時間も違うさやかは、杏子の考え方には賛同しませんでしたが。
達観(諦観)し割り切っている風な杏子ですが、私は彼女自身ソウルジェムの説明を聞いてから、
もしくはそれより以前から、自覚は無くとも心の奥底で死に場所を求めていたのかもしれないと思ってしまいます。

それはともかく、杏子が死んだことで隠していたさやかの遺体も発見され、その死が公になります。
親友で、なおかつ複雑な状態であった仁美は精神的に参ってしまいます。
この世界では対価とか、願いと代償みたいな事が強調されていますが、仁美に着目すると、
恋人ができた結果親友が死ぬという、何かを得て何かを失う作品の流れに沿っているんですよね。
まあ、魔法少女のそれとは違うんですが、親友と好きな人取り合って仲違いくらいならありそうですし、
こういうテーマの作品で三角関係というのは、さやかへのダメージ以外にも意味があったのかなあ、なんて。
もし魔法少女じゃなかったら、担任のいう青春の甘酸っぱい一ページで終わったでしょうし、
さやかの場合時間がかかるかもしれませんが、絶交ということはなかったでしょうが。

ほむらのループ話、まどかとの出逢い、変わらない絶望の結末は、何度見ても悲しいです。
そして“過去の私”の事をほむらに頼むまどか。そして、もう1つ。
1つ目も願いも、好きな人を手に掛ける2つ目の願いも、なんとも残酷なものだと思います。
ここのやり取りは2回目の泣き所でしょう。
何度繰り返すことになっても、絶対にまどかを助けると決意したほむら、そしてここでコネクトが流れる。
まさか流れるとは思ってなかったからびっくりしました。
コネクトは映像も良いですけど歌詞がね。ここで流すのは反則。

色々あったけど、まどかの祈りで魔法少女→魔女システムを改変することに。
魔女の存在を消し去るのは良いけど、勝手に消えるようにするんじゃなく自らの手で消すようにしたのは、
彼女なりの筋というかワガママなんだろうか。
メタ世界でマミさんや杏子と概念云々の話をしてるシーン、こういうシーンは大好きです。
死んじゃったキャラとの会話、それが夢でも妄想でも成仏前の幽霊でも良いんですが、そういう演出がなぜだか心にグッとくるんですよね。
魔法少女リリカルなのはの、フェイトとアリシアみたいなやつ。
とにもかくにも世界中、過去未来関係なく魔女という存在は消え去り、魔女化した自らも消し去り、新たな世界で円環の理となったまどか。
全てが新しい世界、まどかが存在しなかった世界で、それでもほむらはまどかの事を覚えていた。
まさに、奇跡も、魔法も、あるんだよ。
また、子供には不思議な力があるというのは現実世界でも言われるベタな事だが、弟のタツヤもまどかの事を知っているようだった。
それは、大人になったら薄ぼんやりとしか思い出せないか完全に忘れてしまうのかもしれないが。
そして、さやか。彼女は魔女に殺されたわけでもないのでこの世界でも死んでしまったけど、
彼女は浄化される前に、まどかと話し、上条がもう一度演奏できるようになるのが願いだったことを再確認し、心に折り合いをつけられた。
泣きながら、無駄じゃなかったって言って旅立っていくシーンは3度めの泣き所。

ED1はオーケストラ風コネクト。2番の歌詞でしたね。映像というか、枠とかの演出が良かったです。
あと弓ほむは感動もの。
TV放送の時も思ったけど、浄化時にまどかに会えるとはいえ、ほむらはどれだけの時間を一人で過ごしたんだろうか。
多分マミさんも杏子も、先に逝ってしまったんだろうし。
なんか一番最後の魔獣と戦うときは、まさに地球にほむら一人みたいな感じがするから……。

ED2はひかりふるでした。新編が楽しみです。2013年のいつ頃にやるのだろうか。

続きを読む

戦う女の子はカッコカワイイ 魔法少女まどか☆マギカ [前編]

今日は劇場版・魔法少女魔法少女まどか☆マギカの前後編を一気見してきました。
本当は先週野水いおりライブの合間に観る予定だったのですが、上映時間とイベント開催時間と交通機関の時間とが折り合いつかず延期になりました。
まどマギは本編観てたときはハマっていたものの、時間が経つにつれ「映画見るほどかなあ。そもそも鬱系は観てるだけで疲れるし」
と考えるようになったのですが、実際観てみたら凄く面白かったです。
TV編とほぼ同じでしたが、見直すことで発見があるタイプの作品だったので、良かったんでしょうか。

OPは曲自体もなかなか良かったんですが、映像が素晴らしかったです。
日常(過去)について描かれてるのですが、もう観てるだけで胸が苦しくなりますよね。
彼女たちが笑って遊んでちょっとしたことで悩んでまた笑う、そんな世界も観てみたかったです。
あと、OPラストの水面に立つまどかの画に、なんだかひだまりっぽさを感じました。
まあ、蒼樹うめでシャフトですからね。

それにしてもマミさんは可憐で素敵でしたね。変身シーンもバトルシーンも、大画面で観ると魅力がより伝わるというものです。
その分、早々に退散してしまうのは勿体無いような寂しいような。
そして、さやかと杏子が安定して良い。TV放送の時からずっとこの組み合わせが好きです。
杏子のツン→デレ(違)っぷりや何だかんだ言ってお節介焼きなところも良いですが、
さやかのもどかしく苛立つくらいに、悩んで空回って自分を傷つけてしまう人間らしさ(思春期らしさ)も魅力です。

ほむらも、今後の展開を知っているので、初見のころと言動に対する印象が大幅に変わりますね。
見ているこっちが泣きたくなります。
しかし、前編終盤の、恭介絡みの色々は辛かったです。
仁美も絶好というか最悪というか、なんとも何ともなタイミングで仕掛けてきたものです。
可愛いお嬢様ボイスのわりに、なかなかエゲツナイ展開に持っていきますね仁美さん。
なんというか、さやかが可哀想で観ていられませんでした。
さやかは最終的に心の折り合いをつけられるというか、自分を納得させるというか、原点を見出すというか、
ともかく救われるんですが、それでもやっぱり辛いです。さやかが好きだから。
そんなさやかが魔女化する瞬間で前編は終了。そしてED。

EDはTV放送と同じくMagia。こうやってフルで映像付きのEDも観ていて思ったのですが、
まどマギは放送時期や急展開、心を抉るような本編もさることながら、
ホラーちっくでおどろおどろしく、かつ今後を示唆しするような映像のことのEDこそが、
人気というか、放送中人々の心にまどマギを留めさせ続けた、重しというか楔のような気がしてきました。なんとなく。
本編放送中にも言われてましたが、EDの映像は色々考えてしまうような演出ですよね。
展開を知って見返すと特に。観ていて胸が苦しかったです。
あと思ったのは、何故シャフトは懐胎的なカットが好きなんですかね。
いろんな作品でやってる気がする。

関係ないけど、キャストに大久保瑠美と佐倉綾音がいたのは「ほう」って思いました。
メインキャラ以外で知ってる声優の名が出てくると、なんとなくテンション上がります。
リンク一覧
ブロとも一覧

あるでばのただやってみたかっただけのブログ

ハマカンの熱湯湯冷めブログ
最新コメント
最新記事
プロフィール

マーライオン

Author:マーライオン
FC2ブログへようこそ!

カテゴリ
月別アーカイブ
カウンタ
検索フォーム
RSSリンクの表示
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード
QRコード
SEO
loading
3歩手前 柳悠里
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。